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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)155号 判決

原告

ザダウ ケミカル コンパニー

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和50年審判第5149号事件について昭和59年1月19日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和45年8月4日、名称を「品物が2つの相対向する可撓性多層プラスチツクシート部分間に挿入される包装方法、可撓性多層プラスチツクシートに包まれた品物を有する包装及び可撓性プラスチツクシートの少なくとも両対向部分を有する容器」(後に、「柔軟な多層プラスチツクシートに包まれた食品の包装体、及び食品物を柔軟な多層プラスチツクシート間に挿入する包装方法」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について、1969年8月8日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和45年特許願第68255号)をしたところ、昭和50年2月15日拒絶査定があつたので、同年6月17日審判を請求し、同年審判第5149号事件として審理された結果、昭和54年2月2日出願公告(特公昭54―2151号)されたが、特許異議の申立があり、昭和59年1月19日、異議の申立は理由がないとの決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年2月22日原告に送達された。なお、出訴期間として3か月が附加された。

2  本願発明の要旨

(1)  柔軟な多層プラスチツクシートに包まれた食品物の包装体において、その多層プラスチツクシートが、

(イ) エチレンと不飽和エステル又は不飽和カルボン酸との共重合体から成る自己接着性プラスチツク材料の前記食品物に面する内側層、及び

(ロ) 塩化ビニルと塩化ビニリデンとの共重合体から成り、該多層プラスチツクシートに構造強度を与える熱収縮性プラスチツク材料の外側収縮層を有し、前記プラスチツクシートが前記食品物と順応接触付着しており、かつ前記プラスチツクシートの全対向接触表面が相互に封着されていることを特徴とする包装体(以下「本願第1発明」という。)。

(2)  食品物を2つの相対向する柔軟な多層プラスチツクシート間に挿入する包装方法において、その多層プラスチツクシートが、

(イ) エチレンと不飽和エステル又は不飽和カルボン酸との共重合体から成る自己接着性プラスチツク材料の前記食品物に面する内側層、及び

(ロ) 塩化ビニルと塩化ビニリデンとの共重合体から成り、該多層プラスチツクシートに構造強度を与える熱収縮性プラスチツク材料の外側収縮層を有しており、前記多層プラスチツクシート間に食品物を挿入したあと、実質的にすべてのガスが仕上り包装体から逸出し得るように前記シートを加熱された水浴中に浸漬してこのシートを前記食品物と順応接触付着する状態に漬し、同時に前記シートの対向接触表面を相互に封着することを特徴とする包装方法(以下「本願第2発明」という。)。

(別紙図面参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

なお、本願発明の明細書には、本願発明を例示するとして、次のことが記載されている。

例1 2軸延伸された塩化ビニリデン―塩化ビニル共重合体(73/27)の0.05mmの厚さの層及びエチレン―醋酸ビニル共重合体(72/28)の0.01mmの厚さの層を積層してなる熱収縮性多層プラスチツクフイルム。

例2 エチレン―醋酸ビニル共重合体(72/28)の0.0127mm厚さのライニング層、塩化ビニル―塩化ビニリデン共重合体(15/85)の0.006mm厚さの層、及びエチレン―醋酸ビニル共重合体の0.006mm厚さの層、およびエチレン―プロピレン共重合体(4.5/95.5)の0.0254mm厚さの外側層をこの順序で積層してなる延伸処理していない多層プラスチツクフイルム。

そして、前記例1の多層フイルムによる包装体は、沸騰水中に浸漬されて収縮接触付着され、例2の多層フイルムによる包装体は、真空によつて漬され、その後、沸騰水中に浸漬されてフイルムの対向接触表面を封着され、両者共、フイルムと被包装食品物が順応接触付着するものである。

(2)  ところで、オランダ特許出願公開明細書第6812199号(1969年3月25日オランダ国発行、以下「第1引用例」という。)には、第一表面層を形成する樹脂が、96~60重量%(実施例では72%又は78%)のエチレンと4~40重量%(実施例では28%又は22%)の酢酸ビニールとの共重合体であり、これに接着されたガス阻止のための中間層が、少なくとも70重量%(実施例では85%)の塩化ビニリデンと塩化ビニルとの共重合体であり、かつ、この中間層にエチレン―酢酸ビニル共重合体を介して接着される第2表面層を形成する樹脂が、90~98重量%(実施例では95.5%)のプロピレンと10~2重量%(実施例では4.5%)のエチレンとの共重合体である食品包装用の積層フイルム、及び、前記積層フイルムの第1表面層を食品に隣接し、かつ、互いに向き合つた第1表面層が互いに熱接着されて気密に包装された食品包装体が記載されている。

また、カナダ特許第713477号明細書(1965年7月13日カナダ国発行、以下「第2引用例」という。)には、サラン(塩化ビニリデンと塩化ビニルとの共重合体)フイルムとエチレン共重合体(自己接着性か否かは不明)からなる積層フイルム及びその製法が開示され、そして、このように製造された二軸延伸積層フイルムが、包装に適用されるのに有用で顕著な性質を有すること、及び前記フイルムの用途として、特に多層フイルムで延伸させたものは、収縮パウチとして使用しうることが記載されている。

更に、「食品包装技術便覧」(1968年2月10日財団法人日本生産性本部発行)第456頁ないし第461頁(以下「第3引用例」という。)には、塩化ビニリデン樹脂について、「フイルムはインフレーシヨンによつて機構的に二軸延伸で成型され、室温でセットされているから、温度の上昇により縦横に収縮する性質がある。食品を包装したのち、温湯に投入して内容物の大きさ、形態に添う密着包装が可能で、ソーセージ、ブロイラー等のケーシングとして好適であるのみならず、(以下省略)」(第459頁)と記載されている。

(3)  そこで、本願第1発明と第1引用例記載の発明とを対比すると、第1引用例記載の積層フイルムの第1表面層は、本願第1発明の実施例において内側層としてあげられたものと同じエチレン―醋酸ビニル共重合体、すなわち、エチレン―不飽和エステル共重合体であり、また、第1引用例記載の積層フイルムのガス阻止層は、同じく本願発明の実施例において外側層としてあげられたものと同じ塩化ビニリデン―塩化ビニル共重合体であり、そして、第1引用例記載の発明も、内側層である第1表面層が互いに熱封着されて食品が気密に包装されたものと認められるので、両発明は、柔軟な多層プラスチツクシートに包まれた食品物の包装体において、その多層プラスチツクシートが、(イ) エチレンと不飽和エステルとの共重合体からなる自己接着性プラスチツク材料の前記食品物に面する内側層、及び、(ロ) 塩化ビニルと塩化ビニリデンとの共重合体から成る外側層を有し、前記プラスチツクシートが前記食品物と接触付着しており、かつ前記プラスチツクシートの対向接触表面が相互に封着されるものである点で一致し、次の点で相違する。

(1) 本願第1発明においては、前記(ロ)の外側層が、多層プラスチツクシートに構造強度を与える熱収縮性のものであつて、前記多層プラスチツクシートが食品物に順応接触付着していると共に前記プラスチツクシート相互の封着がその全対向接触表面でなされているものであるのに対し、第1引用例記載の発明は、多層プラスチツクシートが、加熱密封温度で顕著な収縮を生ずるような顕著な方向性のないフイルムであり、しかも、包装体において、多層プラスチツクシートが食品物と順応接触付着しているか否か、また、多層プラスチツクシート相互の封着が、その全対向接触表面でなされているか否かについては不明である点。

(2) 第1引用例記載の包装体の多層プラスチツクシートは、前記(ロ)の層の外側に、更にエチレン―醋酸ビニル共重合体の層を介してエチレン―プロピレン共重合体の第2表面層(包装体の外側層)を積層したものであるのに対して、本願第1発明はこのような層を設けていない点。

そこで、前記相違点について検討すると、先ず(1)については、サラン層とエチレン共重合体層からなる積層フイルムを二軸配向して熱収縮性としたフイルムを包装に適用すること及び延伸した多層フイルムが収縮パウチに使用しうることが、第2引用例によりこの出願前公知であり、また、熱収縮性フイルムが食品の密着包装に好適であることが第3引用例によりこの出願前公知のことであるから(なお、この点は、本願発明の明細書においても、従来例として、「食品物の包装体としてスキンパツキング等熱収縮性プラスチツクシートを使用したものが提案されているが、いずれの場合もプラスチツクシートは食品物に対して順応接触しているのみで」と記載されている。)、第1引用例記載の発明において、その多層プラスチツクシートを熱収縮性のものにして収縮包装体にすることは、当業者が必要に応じて容易になしうる程度のことであり、また、そのようにするならば、第1引用例記載の多層プラスチツクシートの内側層が本願第1発明の内側層と同じものである以上、包装体の多層プラスチツクシートが本願第1発明の如く、食品物に順応接触付着し、かつ多層プラスチツクシートの全対向接触表面が相互に封着されることは、当然の作用というべきであるから、相違点(1)は、当業者が容易に発明をすることができたものと認める。

次に、相違点(2)について検討すると、本願第1発明の構成要件であるところの多層プラスチツクシートは、前記(イ)の内側層及び(ロ)の外側収縮層を「有し」というものであるが、この意味するところは、本願発明の明細書中の記載(本願発明の出願公告公報第4欄第24行ないし第28行、第7欄第4行ないし第11行及び前記例2)からみて、前記(イ)(ロ)層以外のプラスチツク材料の積層を除外するものではなく、最低限必要な層を示したものというべきであるから、前記相違点(2)は、本願第1発明の実施例の範囲内のことというべきであつて、実質的な相違点とは認められない。

結局、本願第1発明は、第1引用例における多層プラスチツクシートによる食品物の包装体に、食品物の包装において第2又は第3引用例で公知の熱収縮フイルムによつて食品を密着包装する技術思想を取入れることによつて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

なお、本願第1発明が特許を受けることができないものである以上、本願第2発明について検討するまでもなく、本願を拒絶すべきである。

4  審決の取消事由

第1ないし第3引用例には、審決が認定した技術内容(前記3(2)に記載された事項。但し、第1引用例の実施例中に、エチレン78%、酢酸ビニール22%の重量%のものが記載されているとの認定、及び第2引用例について、エチレン共重合体が自己接着性のものか否かは不明であるとの認定を除く。)が記載されていること、本願第1発明と第1引用例記載の発明とは審決認定の点において相違することは認めるが、審決は、本願第1発明と第1引用例記載の発明との相違点(1)についての判断を誤つた結果、本願第1発明は、第1引用例における多層プラスチツクシートによる食品物の包装体に、第2引用例、第3引用例で公知の熱収縮性フイルムによつて食品物を密着包装する技術思想を取入れることによつて当業者が容易に発明をすることができたとしたもので、違法であるから、取消されるべきである。

(1)(1) 本願第1発明の属する技術分野における従来技術は、「食品物の包装体としてスキンパツキング等熱収縮性プラスチツクシートを使用したもの」(本願発明の出願公告公報第1欄第36行、第37行)であつた。第2及び第3引用例に記載された熱収縮性サランフイルムがこれである。

しかしながら、従来技術では、「いずれの場合もプラスチツクシートは食品物の形状にならつて接触している即ち食品物に対して順応接触しているのみ」(同公報第2欄第1行ないし第3行)であつて、食品物に順応接触付着していないので、「シートに孔があいた場合にはこの孔が拡大したりこの孔より空気が包装体内に入り込み、食品物を早期に腐敗せしめる結果となり、(中略)腐敗し易い食料品の包装には問題があつた。」(同公報第2欄第3行ないし第8行)。

ここに「順応接触付着」とは、前記プラスチツクシートが食品物のほぼ全表面にわたつてその形状にならつて接触し、かつこれに付着していることをいい、「付着」とは、軽い接着状態を意味する。本願発明の要旨にいう「順応接触付着」もこの意味に用いられている。

ところで、本願第1発明は、前記のような従来技術の欠点に鑑み、「包装体シートに孔があいても品物が空気に露出することを局部的なものとし、(中略)腐敗し易い食料品の包装に特に適した包装体を提供する」(同公報第2欄第9行ないし第14行)ことを技術課題とし、これを解決するため、次の構成を採用したものである。

①  包材の構成として、

(イ) 内容物に接する側の内側層は自己接着性をもつたエチレンと不飽和エステル又は不飽和カルボン酸との共重合体であり、

(ロ) 外側層が多層プラスチツクシートに構造強度を与える熱収縮性をもつた塩化ビニルと塩化ビニリデンとの共重合体である、

柔軟な多層プラスチツクシート。

②  包装体全体の構成として、

内容物が右①の多層プラスチツクシートで包まれており、

(ハ) 内側層の内容物に接する面は内容物に順応接触付着し、

(ニ) 他の対向内側層の全面は相互に封着されている包装体。

本願第1発明は、右構成を採用したことにより、「仕上り包装体のシート部分は孔をあけられても相互にまた品物からも分離しない。事実、該シート部分は品物に実際に付着している。その結果、品物を空気に曝すことから生ずる外観の一切の損失は局部的なものとされる。」(同公報第10欄第32行ないし第36行)という顕著な作用効果を奏するものである。

(2) ところで、第1引用例に開示されていることは、熱収縮性を有しない剛性のある多層フイルムを用いること、及びカップ型部分のキヤビテイに食品物を入れた後カップ型部分と平坦部分との面接触部分を熱封着して包装体とするという方法、条件だけである。

一方、第2引用例は、自己接着性でない非サラン層を有する多層フイルムから成る収縮パウチについて言及しているのみであり、また、第3引用例も食品物を包装した熱収縮性の単層フイルムを温湯につけて食品物の包装体とする方法について開示するのみであつて、本願第1発明の前記技術課題については直接の記載も示唆も存しない(第3引用例中の「内容物の大きさ、形態に添う密着包装が可能」((第459頁本文第14行))との記載は、「順応接触」に他ならず、本願第1発明における「順応接触付着」を意味するものではない。)。

したがつて、第2及び第3引用例に記載され、又はこれらの引用例から示唆される公知技術に基づいて、第1引用例記載の多層プラスチツクシートを、熱収縮性のものにして、本願第1発明におけるように、食品物に順応接触付着する収縮包装体とすることは、当業者が必要に応じて容易になしうることではない。

(3) 引用例にどのような開示がなされているかに関し、被告は、第2引用例には、本願第1発明における多層プラスチツクシートに類似するサラン(本願第1発明の外側層に相当する塩化ビニリデンと塩化ビニールとの共重合体)とポリオレフイン(本願第1発明の内側層に相当するエチレン共重合体を包含する)との積層フイルムが記載されているとして、あたかも第2引用例に、本願第1発明における「自己接着性をもつた」内側層に相当するものが開示されているかのように主張しているが、第2引用例記載の発明は、サラン層と非サラン層(ポリオレフイン又はエチレン共重合体)からなる積層フイルムを作り、次いで非サラン層をサラン層から引きはがしてサランフイルムを作るという工程を経るものであつて(但し、サランフイルムのみならず、中間製品としての積層フイルムをも製品として提供することを目的とする。)、右引きはがしができるように、ポリオレフイン又はエチレン共重合体には自己接着性のものが除外されており、したがつて、第2引用例は、第1引用例記載の発明における第1表面層、すなわち本願第1発明における「自己接着性を有する」内側層に相当するものに関するものではない。

また、被告は、第3引用例に「食品を包装したのち、温湯に投入して内容物の大きさ、形態に添う密着包装が可能で」と記載された密着状態は、チーズのような食品物の場合、順応接触付着に相当する旨主張する。

しかしながら、本願第1発明における付着は、その内側層の自己接着性というフイルム自体の性質によるものである。そして「付着」とは、(1)において述べたように軽い接着状態を意味し、具体的には、「シートに孔があいた場合にはこの孔が拡大したりこの孔より空気が包装体内に入り込」(前記公報第2欄第4行、第5行)むことを防止し、「包装体シートに孔があいても品物が空気に露出することを局部的なもの」(同欄第9行、第10行)とする状態を意味する、換言すると、シートに孔があいてもその内側層と食品物との間に空気が入り込むことのない程度の接着状態を意味するものである。

被告の前記主張が、チーズや肉のような粘着性のある食品物に対する付着を意味するのであれば、このような付着は食品物の粘着性によるものであつて内側層の自己接着性に基づくものではない。食品物の粘着性は主に食品物の水分に基づくものであり、シートに孔があいた場合には、その部分の粘着性が失われるにとどまらず、食品物全体の乾燥状態が拡大し、遂にはフイルムが食品物から剥離してしまい、本願第1発明における前記目的、効果を達成することができない。

また、被告の前記主張が第3引用例に開示されている塩化ビニリデン樹脂から成るフイルムの性質に基づく付着を意味するのであれば、第3引用例に、「塩化ビニリデン樹脂は塩化ビニリデン85~90%、塩化ビニル10~15%を含有する共重合樹脂」(第456頁第6行、第7行)と記載されているとおり、第3引用例は、いわゆるサランフイルムについて開示しており、二軸延伸処理されたサランフイルムは熱収縮性を有するサランフイルムにすぎず、それは正に本願第1発明において自己接着性を有しないとしている外側層そのものに外ならないから、本願第1発明の内側層に相当する自己接着性を有するものではない。

(2) 仮に、第2及び第3引用例には、熱収縮性のサランフイルムを第1引用例記載の積層フイルムに適用しうる示唆があるとしても、第1引用例記載の発明の目的、構成からみて、第1引用例記載の発明と第2及び第3引用例記載のものとを組合わせることは不可能である。すなわち、

第1引用例記載の発明は、「第1の表面層と第2の表面層と、ガスバリヤ性の樹脂からなる中間層とを有し、前記第1の表面層は、第2の表面層を形成している樹脂の融点より少なくとも16℃低い融点を有する樹脂からなり、これら3つの層は接着されて一体になつていることを特徴とする積層フイルム」特許請求の範囲1)である。

そして、第1引用例記載の発明は、食品物の包装体を含む広汎な包装体に関するものであつて、その目的は、包装フイルムの成形、キヤビテイの成形に続いて、そのキヤビテイに内容物を入れた後、包装体を熱封着し、同時にその包装体を、それを形成しているフイルムの1あるいはそれ以上のウエブから分離させるという包装工程に望ましい特性、すなわち、製造の容易性、厚さ比率の調整性、透明度、封着範囲、封着温度における密着性、酸素や蒸気のバリヤ特性、きれいなエツジを提供するための強度と切断性を有する積層フイルムを提供することにある。

第1引用例記載の積層フイルムは、

① 最終的なフイルムの成形性及び製造、取扱上の問題点から非延伸、すなわち熱収縮性を有しないことを前提とし、

② 広い熱封着温度範囲を有し、

③ 自動装置の中で切断できるような十分な剛性を備えていること

を特徴としている。つまり、第1引用例記載の発明にあつては、熱収縮性フイルムを積層としてはならないのである。

そこで、第1引用例記載の積層フイルムと第2及び第3引用例記載の熱収縮性フイルムとの組合せについてみると、まずその1つは第1引用例記載の発明を構成する3つの層のうちの第2の表面層及び中間層を右熱収縮性フイルムに代える組合せ、すなわち、第1引用例記載の第1の表面層と第2及び第3引用例記載の熱収縮性フイルムとの組合せである。この組合せは、本願第1発明の構成そのものであるが、第1引用例記載の発明の特徴を全く無視したものである。けだし、第1引用例記載の発明は、第1の表面層と第2の表面層との融点の差異を利用して変形の危険性なしに容易に熱封着できる構成を採用したところにその本質的特徴を有するからであり、第1の表面層と第2の表面層とは相互に切り離すことのできない一体の積層としてその発明の必須の要件を構成しているからである。

もう一つの組合せは、第1引用例記載の第1の表面層及び第2の表面層に加えて、第2及び第3引用例記載の熱収縮性サランフイルムを設けることであるが、第1引用例記載の発明にあつては、熱収縮性フイルムを積層してはならないのであるから、このような組合せはありえないものである。

したがつて、審決は、本願第1発明と第1引用例記載の発明との相違点(1)について判断するに当たり、「第1引用例のものにおいて、その多層プラスチツクシートを熱収縮性のものにして収縮包装体(中略)にするならば、」として、第1引用例記載の発明の特徴を全く無視した組合せを前提に判断したものであつて、その判断は前提において誤りである。

第3被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由のうち、(1)(1)の本願第1発明の技術課題及び「順応接触付着」の定義についての主張は認め、その余の主張は争う。

審決の判断は正当であつて、審決には原告の主張する違法はない。

(1)  本願第1発明の技術課題は、第1ないし第3引用例に直接記載されていないが、その記載から示唆されているところであり、本願第1発明は、当業者が各引用例及び周知の技術に基づいて容易に発明をすることができたものであつて、その理由は以下に詳述するとおりである。

第1引用例には、包装の対象としては、コーヒーやチーズ、肉などが極めて適していると記載されており、そのうちチーズや肉のような粘着性の食品物を包装した場合には、それら食品物と第1表面層との接触部分(両者が順応接触しているか否か不明)は、付着状態となる。また、第1引用例に開示された包装体は、第1表面層が内側とされ、その互いに向き合つた面と面とが接触した状態で相互に熱封着されたものである(その全対向接触表面で封着されたものか否か不明)。

ところで、包装用プラスチツクフイルムには、非延伸のものと延伸処理をして熱収縮性を付与したものとがあり、それぞれが包装目的に応じて採用されることは、本願発明の出願前周知のことである。このことは、積層フイルムにおいても例外ではなく、第2引用例には、本願第1発明における多層プラスチツクシートに類似するサラン(本願第1発明の外側層に相当する塩化ビニリデンと塩化ビニールとの共重合体)とポリオレフイン(本願発明の内側層に相当するエチレン共重合体を包含する)との積層フイルムが、延伸されていないものも、延伸されたものも、共に包装に適していること、特に、多層製品が延伸されている場合は、収縮パウチすなわち熱収縮包装に使用されることが記載されている。

そして、熱収縮性フイルムで熱収縮包装された食品物の包装体において、フイルムは食品物に順応接触するものであることは原告が本願発明の明細書の中で認めていることであり、また、第3引用例に、「食品を包装したのち、温湯に投入して内容物の大きさ、形態に添う密着包装が可能で」(第459頁第13、第14行)と記載された密着状態は、チーズのような食品の場合、順応接触付着に相当するものである。

更に、熱収縮包装を、保存食品等の密封包装に適用する場合には、空気の封じ込めによる空気溜りを防ぐために、予め、真空脱気により内部の空気を排除し(この結果、フイルムは、その内面が相互に密着するとともに、食品物にも密着することになる。)、密封した後、加熱収縮させることは、本願発明の出願前周知のことであり、また、このような熱収縮包装をスキンパツキングといい、そのフイルムが食品物に順応接触密着することも原告が本願発明の明細書(同出願公告公報第1欄第36行ないし第2欄第3行)の中で認めていることである。

以上のことから、第1引用例に開示された密封包装体の積層フイルムを、包装フイルムとして周知の態様であり、また、積層包装フイルムとしても第2引用例において公知の態様である熱収縮性のものとして、熱収縮包装体を形成することは、当業者が必要により容易になしうるものであり、また、熱収縮により密封包装を行うには、予め包装体内を真空脱気することが周知の手段であから、真空により押しつぶされたフイルムは、食品物に密着すると同時に、フイルムの対向内面も相互に密着した状態で熱収縮のための加熱を受けることとなるのは周知の手段を用いることによつてもたらされる結果であり、第1引用例記載の発明の場合にも、内側の第1表面層がその全対向接触表面で相互に封着され、かつ食品物に対しては、順応接触付着する結果になることは、第1引用例に、内側層となる第1表面層が本願第1発明と同一のエチレン―醋酸ビニル共重合体からなり、外側フイルムより低融点でしかも接着剤としてもきわめて適していることが開示されている以上、当業者が容易に予測しうる範囲のことであつて、そこに格別の困難性は認められない。

(2)  原告は、第1引用例記載の積層フイルムは、前記第2、(2)、(1)①なしい③を特徴とし、第1引用例記載の発明にあつては、熱収縮性フイルムを積層してはならない旨主張する。

しかしながら、①非延伸すなわち熱収縮性を有しない点は、第1引用例には「好ましくは(中略)非延伸のフイルムが形成される。」(第2欄第34行ないし第3欄第2行)と記載され、その特許請求の範囲には何ら熱収縮性であることの限定はなされていないものであるから、第1引用例記載の発明において、積層フイルムを熱収縮性としないことは必須の要件でないものというべきである。

また、②の広い熱封着温度範囲を有する点については、本願第1発明の多層プラスチツクシートも、その内側層は、明細書中の記載(前記公報第6欄第9行ないし第11行、第9欄第9行ないし第12行)から、80℃ないし100℃の熱封着温度範囲を有するものであり、その外側層は、同じく明細書中の記載(同公報第9欄第17行ないし第22行)から、115℃ないし140℃の熱封着温度を有するものであり、しかも、「本発明の目的に対して自己接着性ノラスチツクの粘着強さとは、該自己接着性材料の層即ち内側層の対向接触部分が低い圧力と構造層即ち外側層の非粘着性重合体の熱ひずみ点よりも低い温度とを受けた時に該対向接触部分の層の間に形成される接着の強さである。」(同公報第5欄第39行ないし第44行)とも記載されていることからみて、本願第1発明に用いられる多層フイルムの熱封着温度範囲は、第1引用例記載の発明と実質的に差異がない。

更に、③の剛性を有する点は、第1引用例記載の発明において切断その他の作業性を考慮して付与したものであり、このような剛性は、セロハンを始めとして、一般に柔軟性と認められる包装用フイルムの多くが具備するものであるから、第1引用例記載の積層フイルムが剛性を有することは、それが柔軟性材料であることを否定するものではなく、一方本願第1発明の柔軟な多層プラスチツクシートは、「例2」の多層フイルム(その組成は第1引用例記載の積層フイルムの組成とほぼ同じである。)をみても、フイルムの剛性を否定したものとは解されないから、両発明は、柔軟包装材として実質的な差異がない。

したがつて、第1引用例記載の積層フイルムを熱収縮性としてはならない理由はない。

原告は、第1引用例記載の発明の目的、構成からみて、第1引用例と第2及び第3引用例を組合わせることは不可能である旨主張する。

原告の主張は、第1引用例記載の発明にあつては熱収縮性フイルムを積層としてはならないとする前提において誤りであることは、既に述べたとおりである。そして、審決は、第1引用例記載の積層フイルムの各層を分離するとか、これらの層に代えて第2又は第3引用例記載のフイルムを組合わせるといつているのではなく、第2及び第3引用例により、包装フイルムを熱収縮性として収縮包装体を形成することが本願発明の出願前公知であることを前提として、第1引用例記載の多層プラスチツクシートを熱収縮性のものとして収縮性包装体にすることが当業者にとつて容易かどうかを判断しているのである。

また、積層フイルムを熱収縮性にするためには、単独で延伸処理された特定のフイルムを改めて積層するものではなく、第2引用例にも開示されているように、既に積層されたフイルムを一体として延伸処理するものであつて、このことは本願第1発明においても例外でないことは、その明細書中の記載(前記公報第7欄第4行ないし第17行)から明らかである。

したがつて、第1引用例記載の積層フイルムを熱収縮性として使用することは、そのフイルム相互を分離して熱収縮性フイルムに変えるが如き発想は全く必要なく、単にその積層フイルムを、延伸と、非延伸とのどの態様で実施するかの問題であつて、その選択に格別の困難性はない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

(1)  本願第1発明は、柔軟な多層プラスチツクシートに包まれた食品物の包装体に関する発明であつて、食品物の包装体として熱収縮性プラスチツクシートを使用するものの従来技術では、プラスチツクシートは食品物の形状にならつて食品物に対して順応接触しているのみであつて、食品物に順応接触付着していないので、プラスチツクシートに孔があいた場合には、この孔が拡大したり、この孔より空気が包装体内に入り込み、食品物を早期に腐敗させる結果となり、腐敗し易い食品物の包装には問題があつたとの知見に基づき、プラスチツクシートに孔があいても食品物が空気に露出することを局部的なものとし、腐敗し易い食品物の包装に特に適した包装体を提供することを技術課題とするものであること、及び右にいう「順応接触付着」とは、前記プラスチツクシートが食品物のほぼ全面にわたつてその形状にならつて接触し、かつこれに付着していることをいい、「付着」とは、軽い接着状態を意味し、本願発明の要旨にいう「順応接触付着」もこの意味に用いられていることは、当事者間に争いがいない。

そして、成立に争いのない甲第3号証によれば、本願第1発明は、右技術課題を解決するため、多層プラスチツクシートが、(イ) エチレンと不飽和エステル又は不飽和カルボン酸との共重合体から成る自己接着性プラスチツク材料の前記食品物に面する内側層、及び(ロ) 塩化ビニルと塩化ビニリデンとの共重合体から成り、該多層プラスチツクシートに構造強度を与える熱収縮性プラスチツク材料の外側収縮層を有し、前記プラスチツクシートが前記食品物に順応接触付着しており、その全対向接触表面が相互に封着されていることを構成要件としたものであり、その結果プラスチツクシートに孔があいても品物が空気に露出することを局部的なものとし、プラスチツクシートと食品物とは相互に分離せず、孔があくことに起因する損傷を最低限に抑えることができるという作用効果を奏するものと認められる。

(2)  ところで、第1ないし第3引用例には、本願第1発明の前記技術課題について直接の記載がないことは当事者間に争いがないが、被告は、右課題は各引用例から示唆されているところである旨主張するので検討すると、まず成立に争いのない甲第4号証によれば、第1引用例記載の発明は、本願第1発明と同じく多層プラスチツクフイルムから成る食品物の包装体に関する発明であるが、包装フイルムを成形し、該フイルムに内容物を封入するキヤビテイを形成し、該キヤビテイに内容物を入れた後、包装体を熱封着し、同時にその包装体を、それを形成しているフイルムの1あるいはそれ以上のウエブから分離するという工程を経る包装体のために望ましい特性に着目し、製造の容易性、厚さ比率の調整性、透明度、封着範囲、封着温度における密着性、酸素や蒸気のバリヤ特性、きれいなエツヂを提供するための強度と切断性を有する積層フイルムを提供することを技術課題とし、これを解決するために、自動装置の中で切断できるような十分な剛性を有し、非延伸、すなわち熱収縮性を有しない、広い熱封着温度範囲を有することを特徴とする審決認定のような各組成の第1表面層と第2表面層とガスバリヤ性樹脂から成る積層フイルムにより構成されたものと認められ、その技術課題は本願第1発明の前記技術課題とは明らかに相違し、第1引用例の記載事項からこれが示唆されているとはいえない。

被告は、第1引用例には、本願第1発明の前記技術課題が示唆されていることの理由として、包装の対象としては、コーヒーやチーズ、肉などが極めて適していると記載されており、そのうちチーズや肉のような粘着性の食品物を包装した場合には、それらの食品物と第1表面層との接触部分が付着状態となる旨主張する。

前掲甲第4号証によれば、第1引用例には、第1引用例に記載されたフイルムは、「コーヒー、チーズ、肉などを包装するのに極めて適している」(第7頁第2行、第3行)旨記載されていることが認められ、該フイルムは、チーズや肉が粘着性をもつ食品であることからみて、これらの食品を内容物として封入する場合、この食品の粘着性によつて該フイルムの第1表面層は食品と付着状態になるものといううことができる。

しかしながら、前掲甲第3号証によれば、本願第1発明における包装体は、自己接着性プラスチツク材料から成る内側層と、この内側層に接合された多層プラスチツクシートに構造強度を与える熱収縮性プラスチツク材料から成る外側収縮層とから構成され、このうち内側層の食品物に付着する性質と内側層の対向接触部分の相互的な封着とにより、柔軟な多層プラスチツクシートが食品物に対する順応接触付着の状態を維持することができるのであり、このことは外側層の熱収縮の結果生ずる内向きの力によつて更に強められる関係にあることが認められ、したがつて、本願第1発明における内側層と食品物の順応接触付着状態は、食品物そのものの粘着性に基づくものではない。そして、第1引用例記載の発明においては、該フイルムに孔があいた場合、内容物たるチーズや肉の対応部分が粘着性を失うことは自明の理であり、しかも、粘着性の喪失は食品の乾燥化が拡大進行するに従い内容物の全体に拡大し、遂には、該フイルム全体が内容物から剥離するに至るものと認められ、したがつて、包装シート部分に孔があいても、品物が空気に露出することを局部的なものとするという本願第1発明の前記技術課題を解決できないことが明らかである。

したがつて、第1引用例の記載事項から、本願第1発明の前記技術課題が示唆されているということはできない。

また、成立に争いのない甲第5号証によれば、第2引用例記載の発明は、新規なサラン(塩化ビニリデンを含むホモポリマー及び共重合体)製品ならびにその製造方法に関する発明(当事者間に争いのないサラン((塩化ビニリデンと塩化ビニルとの共重合体))フイルムとエチレン共重合体から成る積層フイルム及びその製法に関する発明を含む。)であつて、その技術課題は、改良された物理特性を有する塩化ビニリデン重合体の非延伸フイルム、ダイの引つかき及び(あるいは)フイルム取扱機構に起因する傷のない押出し成型されたサランフイルム、大きな光沢と透明性を有するサランフイルムを製造し、きわめて薄いサランフイルムの単純で効率的な製造方法を提供すること、更には新規なサランを含んだ積層体、塩化ビニリデン重合体とモノオレフイン重合体との新規な積層体を製造することにあり、第2引用例には、食品の包装体に関しては、サランフイルムとポリオレフイン(エチレン共重合体を包含する)から成る積層フイルムは、延伸されていないものも包装目的にかなう積層体であるが、これを二軸延伸させたものは包装目的に適した一般の特性を有し、特に多層フイルム(ポリオレフインとサランとを三層以上にしたもの)が延伸されている場合は収縮パウチとして使用しうることが開示されているにすぎないことが認められ、第2引用例記載の発明の技術課題も本願第1発明の前記技術課題とは異なることが明らかである。

被告は、第2引用例における食品包装体に関する前記記載事項から、本願第1発明の前記技術課題が示唆されている旨主張するが、前掲甲第5号証によれば、第2引用例には、本願第1発明の内側層に対応するエチレン共重合体が自己接着性を有すること、及び自己接着性を有する内側層をもつ積層フイルムを熱収縮性のものにすることについては何らの記載も示唆も存しないことが認められ、また、エチレン共重合体が自己接着性を有するものであることを認めるに足りる証拠もないから、当業者は、包装体シート部分に孔があいても品物が空気に露出することを局部的なものとするという本願第1発明における技術課題を解決するため、第2引用例に開示された事項に基づいて、第1引用例記載の発明における積層フイルムを熱収縮性のものとし、腐敗し易い食料品の包装に適した包装体を得ることを容易に想到しうるものではない。

更に、成立に争いのない甲第6号証によれば、第3引用例は、「食品包装技術便覧」中の「ポリ塩化ビニリデン」に関する記載事項であつて、塩化ビニリデン樹脂の「フイルムはインフレーシヨンによつて機構的に二軸延伸で成型され、室温でセツトされているから、温度の上昇により縦横に収縮する性質がある。食品を包装したのち、温湯に投入して内容物の大きさ、形態に添う密着包装が可能で、ソーセージ、ブロイラー等のケーシングとして好適であるのみならず、肉片、パン、その他の半加工品をラップしてホツトトンネルを通すことによつて、フイルムは内容物に密着して、ひもや接着テープを要しない簡易な包装ができる。」(第459頁本文第12行ないし第19行)旨記載されているにすぎないことが認められ、右記載事項は、二軸延伸させた塩化ビニリデン樹脂のフイルムで食品物を包装し、温湯に投入すると、内容物の大きさ、形態に添う、すなわち本願第1発明が従来技術とするフイルムと食品物とが順応接触する包装が可能であることを開示するにとどまり、本願第1発明の前記技術課題を示唆するものとはいえない。

被告は、第3引用例に記載された密着包装は、チーズのような食品物の場合、順応接触付着に相当する旨主張するが、本願第1発明における順応接触付着が食品の粘着性に基づくものと異なることは、第1引用例の記載事項について判断したとおりであり、また、前掲甲第6号証によれば、第3引用例に記載された塩化ビニリデン樹脂のフイルムは、塩化ビニリデン、塩化ビニルの共重合樹脂、すなわち自己接着性を有しない本願第1発明における外側層と同一のものと認められ、該塩化ビニリデン樹脂のフイルムで包装しても、フイルムと食品とは順応接触付着するものではないことが明らかであるから、この点からも本願第1発明の前記技術課題を解決できないものというべきである。

そうであれば、仮に被告主張のとおり包装用プラスチツクフイルムには、非延伸のものと延伸処理をして熱収縮性を付与したものとがあり、それぞれが包装目的に応じて採用されることは、本願発明の出願前周知であるとしても、当業者にとつては、第1引用例記載の発明、すなわち本願第1発明における前記技術課題を示唆するものでなければ、この技術課題を解決するために本願第1発明の採用した多層プラスチツクシートの内側層を内容物に順応接触付着するという前記技術的手段を開示するものでもない発明に基づいて、その積層フイルムを、同じく本願第1発明における右技術課題について何ら示唆するところのない第2引用例又は第3引用例に記載された公知の熱収縮性フイルムにして本願第1発明を得ることは、容易になしうるところではないというべきである。

したがつて、審決が本願第1発明と第1引用例記載の発明との相違点(1)について判断するに当たり、「第1引用例記載の発明において、その多層プラスチツクシートを熱収縮性のものとして収縮包装体にすることは、当業者が必要に応じて容易になしうる程度のことである」と判断したのは誤りであり、また、その誤つた判断を前提にして、「そのようにするならば、第1引用例記載の多層プラスチツクシートの内側層が本願第1発明の内側層と同じものである以上、包装体の多層プラスチツクシートが、本願第1発明の如く、食品物に順応接触付着し、かつ多層プラスチツクシートの全対向接触表面が相互に封着されることは、当然の作用というべきである」とした審決の判断も誤りであることは明らかである。

(3)  以上のとおりであつて、審決は本願第1発明と第1引用例記載の発明との相違点(1)についての判断を誤つた結果、本願第1発明は第1引用例における多層プラスチツクシートによる食品物の包装体に、第2引用例又は第3引用例で公知の熱収縮フイルムによつて食品を密着包装する技術思想を取入れることによつて当業者が容易に発明をすることができるとしたものであり、右の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原告のその余の主張について判断するまでもなく、審決は違法として取消されるべきである。

3  よつて、審決の違法を理由としてその取消を求める原告の本訴請求は正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 濵崎浩一)

〈以下省略〉

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